仙台五城LCとは

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会長 松本卓司会長スローガン
「次世代へ繋ぐ奉仕の心」

第54期の一年間まだまだ若輩者ではありますが、会長として会員皆様の奉仕活動が楽しく円滑に運ぶようにクラブ運営ができたらと思っております。それには会員皆様のお力添えが不可欠です。どうぞこの一年間以前と変わらぬ、いやそれ以上のお力添えを頂きこの仙台五城ライオンズクラブを一緒に益々盛り立てて行きましょう、私も粉骨砕身の努力をして行く所存です。どうぞ宜しくお願いいたします。

本年度の会長スローガンは
「次世代へ繋ぐ奉仕の心」を掲げました。

皆さんご存知の様にライオンズクラブが誕生してから101年、我が仙台五城ライオンズクラブは54年が経過しようとしております。私達の役目の一つとしてこの素晴らしい世界規模の奉仕団体を継承して行かなければなりません。若い方がもっとたくさん入会して奉仕活動を盛り立てれば理想的なのですが、現実には様々事情や問題があり中々理想通りにはなっていません。ですが若い方の力を借りる方法があります、幸いなことにこの地区ではここ数年の間にレオクラブが二つ設立されました。当クラブのアクトにレオへ協力依頼をしたいと考えております。もしそれが叶えば私達にとっても、大変素晴らしい事になると思います。今期は若い力を借りた奉仕活動を展開したいと考えております。初の試みで戸惑ったり至らない点も、もしかしてあるやも知れませんが何卒趣旨をご理解いただきご支援ご協力の程宜しくお願いいたします。


基本方針

1. 魅力ある例会・アクト・行事づくりで出席率の向上を目指す
1. 全員参加で委員会活動の活性化を目指す
1. 奉仕活動の多様化で新たな奉仕活動の実践を目指す
1. 会員の増強と維持を目指す

仙台五城LCとは

ライオンズクラブは、全世界に205の国と130万余の会員を擁する世界最大の奉仕団体です。モットーは、We Serve(われわれは奉仕する)であり、奉仕こそ我々の生命であり、使命であります。

我が仙台五城ライオンズクラブは、1963年、仙台市で5番目のクラブとして誕生致しました。地域発展を目指して、奉仕活動を行って、約半世紀になります。

具体的に申し上げますと、経済的に困窮している母子家庭などに奨学金を贈り、高校を卒業した方は27名(2009年3月現在)を数えます。他に杜の都仙台の象徴でもある青葉城二の丸跡の公園清掃を37年間、仙台七夕での観光客の皆様への奉仕活動等々、一つひとつの活動はささやかですが、継続することによって、世界平和に貢献することになると思い、日々奉仕出来る幸せを感じながら、これからも前進して参る所存でございます。

仙台五城ライオンズクラブに共鳴する会員を募集しております。

仙台五城ライオンズ事務局
〒980-0811 仙台市青葉区一番町1-8-10(京成壱番町ビル402)
TEL022-262-6633
FAX022-262-6634
E-Mail

仙台五城クラブ2017年度 会長スローガン

「心ひとつに 新たな未来へWEサーブ」

結成年月日 1963年11月15日
スポンサー 仙台・仙台中央ライオンズクラブ
結成番号 No.0663
チャーターメンバー 46名
認証年月日 1964年10月9日
例会日時 毎月第2・第4水曜日 18:15~19:30
例会場 仙台国際ホテル
例会場住所 〒980-0021 仙台市青葉区中央四町目6-1
例会場電話 022-268-1111
2017年06月現在会員数    52名(内家族会員18名)
事務局住所 〒980-0881 仙台市青葉区一番町一丁目8-10 京成壱番町ビル402
事務局電話 022-262-6633
事務局FAX 022-262-6634
事務局員名 池下 さおり
ホームページ http://www.sendaigojyou-lc.com/
E-mail sendai-gojyo.lc@r3.dion.ne.jp

「五城」の謂れ

仙台城本丸のところは青葉が崎といって、むかし土仏千体を安置した虚空蔵堂があったので千体城と称し、のち千代城と改めたが、伊達正宗が慶長5(1600)年12月24日築城の縄張りにあたり、これを仙台と改め、城と城下市街の名とした。この地名は唐の韓翃の下記の詩にあるところから仙台城に五城、城下市街に五城楼下という雅名が生まれた。
(三原良吉氏による―「CN10周年誌」より転載)

 

 

 

クラブ名称については広瀬、萩、伊達などの案も出されたが、仙台市内で5番目のクラブでもあり、仙台の別名である「五城」という案が採択され「仙台五城」と決まった。

クラブの名は、スポンサークラブである仙台中央LCの故L三品正直の発案である。(CN20に故L京道信一が述べている。)

※故三原良吉氏(郷土歴史家・旧制一中・早稲田専門部卒河北新報社記者)